パワースポット日本の夜を護る日御碕神社に行ってきました!

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須我神社奥宮の参拝 icon-external-link の後、宿のチェックインには少し早いので日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)に足を延ばしてみました。再び山陰自動車道に乗り県道431号を経て29号に出て、須賀神社奥宮からは1時間程、宿を予約した出雲大社前からは10分程で到着です。日御碕神社は島根半島の西端に在り、近隣に夕日の美しさで有名な出雲日御碕灯台がありますが、この日は土砂降りの雨が断続的に続いていたので断念しました。

楼門

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 icon-arrow-up  日沈宮(下の宮)楼門

日御碕神社は「神の宮」(祭神:スサノオ)と下の宮「日沉宮(ひしずみのみや)」(祭神:アマテラス)が祀られています。現在の社殿は朱塗りの権現造りで3代将軍家光の命により日光東照宮建立翌年(寛永14年)から7年掛けて竣工されたもの。岬の樹々の緑に鮮やかな朱色が異彩を放っています。

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 icon-arrow-up  楼門をくぐって振り返って撮影

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 icon-arrow-up 回廊 桃山時代風の精巧な権現造りの社殿は、細部まできれいに整備保存され秀麗は美術品

神の宮

楼門をくぐり右の石段を上ると「神の宮拝殿」があります。「日本総本宮 神の宮 御祭神 神素盞嗚尊(すさのおのみこと)」と立て札があります。ここがスサノオを祀る総本宮ということでしょう。

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出雲の国造りを終えたスサノオは根の国(黄泉の国)にわたり、終焉の地を自ら選ぶため『私の魂はこの柏の葉の泊まるところに住もう』と言って、熊成の峰から柏の三つ葉を投げ、その柏の葉がひらひらと舞い降りた場所が、隠ヶ丘(かくれがおか)だっとあります。日御碕神社の御神紋は、投げられた柏の葉に由来しています。

スサノオ5世の孫、天葺根命(あめのふきねのみこと)が現社地背後の隠ヶ丘をスサノオの神魂が鎮座する処とし祀ったといわれています。この天葺根命の子孫が日御碕神社の宮司で現在95代目だとか。

その後、安寧天皇13年(BC536)、勅命により現社地に遷されたとのことです。

下の宮「日沉宮(ひしずみのみや)」

楼門をくぐり正面が下の宮「日沉宮(ひしずみのみや)」の拝殿。日沈宮は、伊勢神宮の日ノ本の昼の護りに対して、夜の護りとして天照大御神が祀られています。

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日沈宮はもともと隣接する海岸(青江の浜)の経島(ふみしま)に建てられていました。

天葺根命が青江の浜に出た降り、島の百枝の松に瑞光が輝き『吾は此れ日の神なり 此処に鎮りて天下の人民を恵まん 汝速やかに吾を祀れ』の天照大神の神託を聞き、直ちに島の上に祀ったのが始まりとされています。その後天暦2年(948)、勅命により現社地に遷されています。この時から、神の宮と併せて「日御碕神社」と称せられました。

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 icon-arrow-up 日沈宮本殿

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 icon-arrow-up 神の宮本殿

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 icon-arrow-up 宝物庫

稲荷社

神の宮の左側奥へ吸い込まれるように歩いて行くと、森の中に稲荷神社があります。

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経島(ふみしま)

境内を出て浜に向かって移動します。

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たくさんの経巻が固まってできたという言い伝えのある経島(ふみしま)。柱状節理の石英角斑岩で形成されており、「経典」を積み重ねたように見えるためその名がついたといわれています。

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経島はウミネコの繁殖地として、国の天然記念物になっているとのこと。冬には約5000羽ものウミネコが飛来、春には産卵・孵化し、ひなの成長をまって真夏に島を飛び立っていくのだそうですが、訪れたときはカモメ1羽いません。

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この島は、渡ることができません。出雲日御碕灯台へ向かう道から臨みます。西を向いて建てられた鳥居とその奥に祠、祭事の跡でしょうか竹の柱が4本建てられていました。

年に1度8月7日(夏至)の例祭の時のみ、宮司だけがその島に舟で渡ることができるのです。

追記

砂のお守り

帰宅しネットを検索して判ったのですが、ご利益の実績が伝えられているお守りがあるとのこと。社務所でリクエストしないと出してもらえないとか。腰のために再度参拝しなければなりませんが、いささか遠い。

伊勢神宮の昼を守り日御碕神社が夜を守る

天平7年の勅(735)「日の出る所伊勢国五十鈴川の川上に伊勢大神宮を鎮め祀り日の本の昼を守り、出雲国日御碕青江の浜に日沈宮を建て日御碕大神宮と称して日の本の夜を守らん」とあるそうです。

当時の中央政権大和の日の出日の入りの守備固めを感じますが、夏至には伊勢神宮の鳥居に日が昇り出雲大社の鳥居その延長線上の日御碕の経島に日が沈むとの事実を知って、古代人の太陽信仰が為せる奇跡に想いがつのります。

出雲國神仏霊場公式ホームページを参考にさせて頂きました。

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